南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心商店街・再生の道」 P9

≪16≫根底を支える女性パワー  平成13年1月14日

南町地区・女性会の活躍 南町一丁目の企画で始まった旧県庁舎前の堀の周辺に咲き誇る桜を市民と楽しむ祭り、ライトアップされた夜桜を楽しむ事業は、実質的な実行部隊は三の丸地区のお母さんたちの強力なバックアップで運営されている。 南町二丁目でも、クリスマス企画や、フリーマーケット、草花の配布会等への中心になり、協力しているのも「こずえ会」という女性グループの方々だ。 南町三丁目は、かつて活動が盛んだった青年部「南芽会」が、ちょうど時代のエアポケットに入ってしまい、会員の減少とともに活動が静かになってしまった。その分、10年前に結成された「元・南芽会」の奥さんたちを中心にした、若いお母さんの会「南美会」の活動が目を付くようになった。 このグループは、若い次世代の奥さんたちが互いに顔は知っていても、ゆっくり話し合う機会が少ないので、とりあえず、年に5,6回食事会でもしながら親睦を図ってもらおうと始まった会だ。現在、約30名の会員で集会の出席率は九割の高さを誇り、各種催事への参加協力度も高い。
南美会が1歩踏み出した動機
 元気のないお父さんに気合を入れてくれているのがこのグループだ。若いお母さんの会・南美会も、今は「若い」イメージは気持ちだけになってしまったなどと言いつつも、次々と商店街活性化のために協力を続けている。商店街振興組合の理事としても二人の女性理事から、今年度より四人の理事に増え、国府田新理事長を支えている。 この南美会が発足当初、東京浅草で有名になってしまった「おかみさん会」の会長の講演を、県中央会の情勢事業の中で、当時の役員が聴きに出かけたのも一つのきっかけなのかもしれない。 当時、私は商店街や、青年部、婦人部の組織化への動機づくりの依頼を受け、与えられた機会がある度にそれらの重要性を説いて歩き回っていた時期でもあった。 南美は、このころより毎年開催されている「おかみさんサミット」へ参加を続けており、ここでも自己変革が芽生えてきた様子がうかがえる。ただ、やりすぎによる負担感と、責任感からくる義務的気持ちが増してくると、楽しい企画から、苦しい企画への豹変にならないように気を付けてほしい。 しかし今までの商店街は、男の視点でとらえる部分が多すぎ、気付かないところもおおいにあったはずで、この辺は十分に自己主張すべきと思う。 南町二丁目も前理事長の黒沢輝子さんは、県内初の商店街振興組合の長として組織の融和を図り、新風を南町に吹き込んでくれている。 都内、目黒区自由が丘でも駅前地区の組合長は女性の方で、ユニークな発想のもとに組合活動をなさっている。
何かやらねば街は死ぬ この南町三丁目、南美会の初代会長を務めた都築真寿美さんの強引さもあってのことと思えるが、会員全員が協力をし合って「何か」を始めようとする気持ちが、年3回の女性会による自主企画イベントをつくっていった。 つい最近も、1月8日の成人式に行われたお正月イベント「21世紀スタンプラリーでお餅をゲット」(常澄地区の方々による全面的な協力も得ている)では、つきたてのの満月餅を先着500人にプレゼントをしたり、芸術館での成人式・式典後の新成人のtめに「人力車で記念撮影」の企画をし、約70人がカメラに納まっている。 昨年はチンドン屋が街中を歩き回りながら「餅つき」のお知らせをし、懐かしさと楽しさを演出したが、今年は実」をとって記念写真のプレゼントに買えてみたようだ。次回は、子供の日のイベントや、秋の人気風物詩にもなった「ハロウィーン」など、街に楽しさを持たせる企画を考えているようだ。期待しよう。

≪17≫空き店舗対策事業に応募した4店  平成13年1月28日

水戸商工会議所が空き店舗を活用しての企画「創業者支援事業・ミニチャレンジショップ夢空間」が南町三丁目にオープンをし、1ヶ月が過ぎた。全国的に有名なのは、空き店舗利用を苦肉の策で始めた富山市の「フリーポケット」が若い起業家を次々と育てている。
水戸でも現在、企業レベルでは「サントピア」が地下売り場の一部を若い人たちに安い出店料で貸し出している。
 夢空間は各店約2坪の小スペースだが、商工会議所の支援のもとで、月1万2千円での出店で始められ、3月末日まで営業される。そこで、出店をしている4店の方々にそれぞれの思いや、現実、今後の方向性など聞いてみた。
初めての路面商店街での商い 店名「TOMIS](トミス)の出店者はバイク好きが高じ、バイク屋を通信販売主体で始めてしまった人だ。バイクのオークション・買取・部品販売などを無店舗でやってきたという。出店に当たっては、目に付く場所で、今までとは違った客層の方々に興味をもってもらいたく、店舗にオランダのモペット(TOMOS・トモス)とレース仕様のバイクも飾っている。予想外だったのは、意外と中高年の方々が足を止めて見てくれていることだった。トモスは渋カジファッションとしての評価が高いが、地方都市でどう認識されるかも一つの出店の意義として見ている。ちなみにトモス購買の1人目の方は、免許もまだ持ってないけど「カワイサ」に挑発され、思わず買ってしまった若い女性と聞く。
品揃えのむずかしさを感じて 雑貨店「GOMOKU」(ゴモク)を出した女性は、会社員として経理の仕事をしていた方で、フリーマーケットなどで「商売と接客」の楽しさを知り、会社人間では味わえない実感のある<店>に挑戦する気になったという。商品構成としては、身内で製作しているオリジナルのシルバー製品(ネックレスが中心)と、ストレス解消のための癒しグッズ<アロマの商品やエジプトなどのディスプレー布地)を置いてある。始めて感じるのは、入りやすい店づくりや、短期間での浸透力の難しさだが、日常のなかに遊びの部分を取り入れることでストレスの解消になれたらと思って商品をそろえていきたいらしい。
夢空間で夢を売る Y'sballoon(ワイズ・バルーン)を出した田崎雪子さんは、輸入風船の販売を始めて2年目という。結婚式を中心にイベントの装飾など口コミで少しずつ広がりを見せているが、現物をみて、パーティーやディスプレーの企画相談にも対応しようと、リスクの少ないこの企画に応募し、反応を実感している。 クリスマス・正月・バレンタインと季節物の企画風船を飾り販売をしているが、リピーターは意外とオジサンたちが多いらしい。 米国でのバルーン人気について尋ねてみたら、花束を贈る感覚レベルに風船も位置しており、日本では、まだまだ「もらえるもの」からの脱却がされずにいるという。街の中をニューヨーカーたちが巨大バルーンを子供や恋人に贈るべく持ち歩く姿を思い起こせば、彼女いわく、早くそんなユーモアのセンスを受け入れられるレベルに近づけたいと語る。そして将来は、子供たちが大人になった時の夢の仕事の一つに「風船屋さんになりたい」と思えるくらいになってみたいと目を輝かしていた。
心のリハビリを求めている方へ  もう一店は、カラークリエイション「フラックス」(Flax)がある。パーソナルカラー(各人に合う色をみつせる)・カラーセラピー(自覚していない部分を引き出し、自分を元気にするバックアップカラーを見つける)この2点を中心に色彩環境コンサルタントの山内暢子氏が色彩セラピーの一つ、言葉では知り得ない部分を色を通して見つける方法を一般の人々にも知ってもらい、活用していただこうとの思いで出店を決めている。  この仕事を東京で始め、もう15年になっている。何だか得体の知れない疑問符の中から出発をし、企業の社員教育からイメージコンサルタントとして活動をしてきたが、やっと、各人1人1人が個人のスタイリストを認める時代になったのを実感しているという。 実際にカラーセラピーを受け、うつ病lから脱出さらた方も多いし、高齢者施設でのカラーコーディネートの仕事をした後、お年寄りの閉じこもりが消え、外へ目を向け、お出かけをするまでの変化の事例も数多いらしい。 物を売るのではなく商店街自身が住民の心のケアや、リハビリ機能をもてないものかと常々思っていた私にとっては、かなり興味深さを感じさせられる店の一つだ。  山内氏は、今、元気な中高年の方々に技術を習得していただき、ボランティア活動の一つに、ぜひこのジャンルを組み入れ、みんな元気に楽しくなる地域づくりに発展していってほしいと、あえて保守の街「水戸」でのアンテナショップを開いたとのことだ。

≪18≫市民が学び・発信する街づくり 平成13年2月11日

みと好文カレッジからの出発  平成12年6月「水戸の都市計画を考える会」(仲田光子代表)が発足をした。この会は、水戸市の生涯学習講座「みと広道館大学まちづくり学科」の前年度受講生を中心に、水戸市の都市計画を学びながら市民の声を市政に反映させようと、活動を始めたサークルで、毎月第3水曜日の午後6時半から8時まで、旧県庁舎にて定例会を開催している。 昨年の7月から11月までは、市職員を講師に招き、行政の立場からの見解を聞いてきた。12月に初めて民間人の実際にまちづくり事業の展開をしている人の考えを聞くべく、その1人目として、南町地区の現状について私が招かれ話をしてきた。  私の一方的な教室スタイルでの受講方式を変えてもらいたい要望を聞き入れていただき、ロの字に机を並べ替え、対話による討議の時間を多めに取りしてもらった。 街並み整備の経緯や、街の特性と現実、男社会の主導から女性参加による商店街活動の変革、若者がイベントを通して学習してもらったことをつぎのステップへ生かせるような体制のつくり方や、街区の方向性について話した。 例えば、南町三丁目の「文化事業による街の個性づくり」。街の中に点在するギャラリーボックスや、アートスペースを提供するためのギャラリー機能を持った会館の建設など、旭川、青森、東京自由が丘、大阪天神橋などの具体例を示しながら私なりに話しをしてみた。  対話コーナーでは、個店の個性化・黄門祭りや時代祭りへの提案・アーケードの是非・歩行者天国の可能性・商店街組織についてなど、かなり時間をオーバーしての話し合いができた。 最後に、このグループは女性の方も多く、今までの街づくり視点に新風を吹かしてもらいたく、こちらの注文として単に受身の学習ではなく、講師を招くのであれば、事前に聞きたいことを伝えることで、より1歩先に互いに進めるようにとの提案をさせていただいた。
泉町地区での考え方 水戸の都市計画を考える会の二人目の民間人として、私が推薦した泉町2丁目・住谷強生氏(JDRスミヤを経営)を招いての1月例会があり、私も参加させていただいた。彼が中心になって水戸芸術館での「ファッションフェスタ」の大成功は、市民公募で集まったモデル、ボランティアのメークアップやヘアデザイナーなど大きな輪になり、楽しさの広がりが感じられた。 今、泉町2丁目は立派なアーケードを取り外し「県の顔づくり事業」ファサードの改善に着手している。補助金は出るが、自己資金も必要となる。お客様はアーケードを目的に来るのではないのだから、負の財産は必要ないと、9割の存続派を説得しての撤去だ。  水戸の産業基盤を考えれば「商業」との答えが出る。下市、見川などは生活基盤として店が成立しているが、泉町・南町地区は広域型であり、ひとくくりにはできないものがある。
専門店とは何なのだ 泉町・南町地区が広域の商圏を持ち生き続けてきたのは、専門店が並び、百貨店や大型スーパー集客をしてきた。それは地方周辺都市にはないものを求めてやってきたものだ。 住谷氏は、専門店・百貨店などの区分は前時代的な発想であり、マニュアルがしっかりしている大型店の方がよ専門的な部分もあるという。専門店の意義については、商品知識だけではない、お客様に提案(食品ならば調理・服飾ならばアレンジなど)のできる店でなければ専門店とは呼べないと言い切る。 街の活性化については、ハードではなくソフト(特に人)の時代であり、店とそこの品が素敵でなければ、個性を求める方々に満足感を持ってもらえないのだ。そして店や街に,あこがれや期待、においまでも感じられてこそ魅力ある街となり得る。さらに、夢とロマンをしっかり持ち、心も見かけもおしゃれにならなければ楽しい街にならないと付け加えている。ただ、それらを総括的にプロデュースする人材がいないことを言っていたが、ご自身が十分にその人材だと自覚すべきだ。
街区全体のイベント 最近泉町で話題になった一つに、携帯電話を使ってのイベント「世紀末泉町ミステリー」がある。年末の2日間にわたるイベントで、全国的にも注目された試みだった。「あなたの友人が姿を消した」との設定を基にiモード機能を使い、イベント専用のホームページにアクセスをしながらゲームが展開し、ゴールには景品が待っている。 息子の友人がDJとして参加をしていたので概略の話は聞いていたが、反響の割に参加者が予想外に少数だったようだ。ただアクセスだけを数えると8千件もあり、参加者200人をどう評価するのかより,多くの人に泉町を知ってもらった実の方が多いといえよう。 都市計画を考える会の発展を願いつつ、泉町の他の楽しい催事は、別の機会に触れてみたい。

≪19≫太鼓の響きが街を変える 平成13年2月25日

商店会名を変えた街 旧泉町四丁目商店会(会長・竹内征己氏)が昨年の夏、商店会名を「泉町西商店会」に変えた。私の子供時代の記憶をたどり、思い起こせしてみれば、望月文化服装学院へ、洋裁や編物を習いに通う若い女性と、八百健という食料品店への買い物客のお母さんたちでいっぱいの街区だった。そんな元気な街がいま、静かな佇まいの商店街になっている。 裏通りの歓楽地区も元気を無くしている時代でもあり、気分一新の気持ちと、現実に住居表示の変更により「泉町四丁目」自体が消えてしまったことにも因しているようだ。 今,目印としているのは「足利銀行のある街区」と言えば、分かりやすいのかもしれない。町名が消えたことで、「大工町」と思われたしまうことも多く、紛らわしいので「泉町西商店会」への変更へ踏み切ったという。 昨年末の売り出し事業では「水商連年末セール」と連動させ、スピード三角くじを作って、その中には各店独自の景品(千円見当)を多めに入れ込み、当たり確率を例年以上に増やした。新しい町名の浸透と、固定客の方々への感謝の気持ちを伝えたこの企画は好評だったと聞く。
水戸太鼓が元気と団結を結ぶ街 つい最近、2月10,11日の両日、北海道旭川の冬まつりに「水戸太鼓」が氷点下の中で熱い演奏をし、大喝采を浴びてきたという。旭川は歩行者優先の「買物公園通り」として全国から注目をされていた街だ。その後、地場産業の衰退や交通網の発達により札幌への流失が街を荒涼化させ、通りの中央部の緑化部と、モニュメント空間は一時期ごみ箱化された。最近、街並みの大規模整備を終了したが、今度はきれいになりすぎ落ち着かないとの話も聞く。街には【よどみ】が必要なのだろう。 さて、旧泉町四丁目の青年部が昭和48年に「水戸に郷土芸能を!」との思いで始まった「水戸太鼓保存会」(会長・橋元昭氏)は、【元気】を継続している。この「水戸太鼓」の特徴は、伝統を創り出す“独創性”にある。水戸藩の戦の演習「追鳥狩・陣太鼓」を基本イメージに、水戸の夜明け「あかつき太鼓」等十曲を中心に演奏し、水戸の良き伝統や四季を感じさせるものをすべて創作曲で作り上げている。 初期は八名で始まったこのグループは、毎週1回の練習を重ねることで今では30名が活動している。初期の男中心の時代はダイナミックさを売りにしていたが、最近は女性の打ち手も増え(6割)、華やかさも加味されてきた。 一連の活動を通し、商店街仲間の団結力は当然のごとく深くなっているが、それ以上に一般公募の会員は異業種の会社員も多く、互いに新鮮な刺激を受け、練習が楽しくて仕方ないと言われるまでに成長した。
二つの再開発事業の成功を願って 水戸太鼓の活動を、次の世代の商店主にも伝えられる街であってほしいが、現状では固定客を大切にしながら、じっと我慢の時を過ごしているのが本音だろう。 この泉町西商店会地区で進行中なのが「ラ-フォンテーヌ」(代表取締役・望月芳正氏)プロジェクトだ。後日“中心街における住居”を別枠で取り上げるつもりなので詳しくは述べないが、百坪ものパティオ(広場)が12階まで吹き抜ける都市型マンションと、商業機能や学習の場も共有するこのビル(今年7月完成)が街区にもたらす活力への期待は,地域ぐるみでの協力も目に見えてくる。 すでに整備が終わった街路灯設置も、もう少し明るい街にしようと、増設の計画や、現在計画中の大工町地区でのホテルを含めた再開発事業にも期待している。水戸太鼓結成30周年の近づき、新曲の披露も計画している時期でもあり、二つの再開発を結ぶ回遊性のある街への変身への努力が、ぜひとも報われてほしい願ってやまない。

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