南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心市街地・再生への道」 P10
≪20≫アメリカの人にやさしい街 平成13年3月11日
| 米国西海岸で学生生活をした経験のある友人に、「路面商店街が元気に生きてる街はないのかな」と尋ねたことがあった。「意外とあるものだよ」との答えの1つにあった街,「サンタバーバラ」を7,8年前に訪ねた。その後、私の妻がその近くの街「サンノゼ」に住む友人を訪ねた際にも再確認してもらっているが、今でも路面商店街として生き残っていた。 かつては軍港だったこの街は、海岸線から東へ向かってゆるやかな丘陵地の住宅街を背負う形で、街並みができている商業都市だ。街並みの景観保持のため、高層建築物のない、おだやかな、ホームレスも極めて少ない街だった。 道路標識のわからやすさ この街を何度も訪ねている友人と一緒に、ロサンゼルスを出発した私の運転するフルオープンのスポーツカーは、海岸線をサンフランシスコ方面へ300キロ程北上をした。途中の田舎まちへ入ってみると、その地区でただ1軒だけのガソリンスタンドを見つけた。セルフサービス式を知らない私は、隣に停まった車の青年に手順を教えてもらい(当然,友人の通訳付)なんとか初体験を済ませた。 ふたたびフリーウェイに戻ると、旅行者まるだしの私の運転に、米国のドライバーたちは行く先々で道をゆずったり、モタモタしているのを、じっと待ってくれたるしていた。しかし感化させらたのは、さすが多国籍人種国家と思える「分かりやすい道路標識」のおかげで、すんなりと初めての道を2時間少々のドライブでサンタバーバラへ着いてしまった。 自然体の人にやさしい街 中心の商業街区には百台程度の駐車場が点在しており、入り口には「空・満」の特大標示があり、出入り口も極めて分かりやすくなってる。日差しの強い地区のためか、駐車スペースには木陰をつくる木も配置されている。 商業地区は飲食と物販が程よく混在しており、その中央部にはバスターミナルがある。大きなドーナツ状の車線に各発着所があり、管理棟にはチケット販売と軽食の店、そして数名のガードマンがすべての発着所をチェックできる仕組みになっている。それゆえに、若い女性が1人で本を読む姿や、居眠りをしながらバスを待つ老人等、おだやかとやすらぎを共有する街の印象を最初に受けた。 街全体が丘の住宅地から海岸線への、ゆるやかな勾配のある街なのだが、以外と車椅子の方々が目に付いた。それは各ブロックごとにパティオ(中庭)をはさんで向かい合う形の建物が多く、そのパティオ部分へ導入通路はカタツムリ状の歩道付きで、その中心は花壇になっている。いかにも「スロープですよ」との気分にさせないやさしさがあるのだ、 メーン通りにはバス停を中心に、少し大きめの緑地とベンチがセットで配置されている。そこに来るバスは低床ステップ付き、しかも上下のスライド機能(車椅子対応)も付いている。さらに車体は開放感のあるものだし、運転手のお姉さんがハミングをしながら走っていく姿には、米国のおおらかさを味わえる。 対話のある店の多さに驚く 店に入ってみれば気楽に声をかけてくる店員も多く、人とのふれあいのある街なのだと思う。特大ホットドックのトッピングも「こっちがおいしいよ」等と声をかけてくるし、中規模の都市なのだが古き良き時代の米国らしさを持ち続けているこの街は、夕日に光るスペイン瓦のオレンジ色の屋根が緑の木立の中に見える姿を見るにつけ、街と人が一緒に生きている実感を味わえる。 今、日本でのスーパー買い物カゴに商品を入れて買うことが先進米国の生活だと、味気のない部分が先行している商業形態も、巨大SPセンター等へ一人一台の車での買い物行動等、予想も出来なかった現実がある。そんな中で路面店は、量販店には出来なかったサービスをしっかり認識し、お客様へ提供できる店であれば生き残れるはずだと、サンタバーバラの街を思い起こし再確認をしている。商人の知恵袋を求める人たちもにるのだから・・・・ |
≪21≫目線を変えて街を見る 平成13年3月25日
| 犬の散歩で路地裏を知る 移動するヌイグルミと呼ばれてる少し大きめの犬と、朝夕の散歩(5,6キロ)を始めて、8年目になる。車や自転車での移動が多く、子供の頃よく遊んだ路地裏へ等、行くきっかけすら失くしていた。南町の自宅を中心に半径千五百b程度(南は、千波お茶園通り。東は、日赤水戸病院。北は、那珂川辺り。西は、偕楽園や桜山)を時々道順を変え街ウオッチングを十二分にさせてもらっている。 ガムや空きビンのポイ捨てによる汚れを実感した後、裏通り住宅地の老人世帯が消えて行き駐車場に変わって行く姿が目に付く。そこには、甘い柿の実、すっぱいザクロの木等の残像がよみがえってきたりする。広い庭のあった家は分割され、家が建ったり、マンションも建ってはいるが、使いがっての悪そうな家は、庭木とともに消えて行く。中心街区には子供の声も聞こえなくなり、生活感は感じられないが、住宅街区にもその気配を感じさせなくなっている。 犬と一緒であるが由に、路地の奥まで入って行っても怪しまれることなく、時には旧友や旧知の方々に出会い話し込むこともある。それが路地の楽しさなのだ。そして街の空洞化は、県庁移転に伴う関連団体、企業の移転があり、大町・五軒町地区まで広まった。 早朝の千波湖周辺は人と犬のラッシュアワー 今、旧市街地を犬と歩くと、以前は当たり前のようにあった生け垣が消え、石やブロックの塀に変わっている。それ由か、南町一丁目と三丁目の植え込みは、散歩の犬たちには大切な場所になっている。この散歩コースが来年度完成の旧ユニー跡より千波湖まで遊歩道で結べるなら、車で千波湖へジョギングへ出かける人も、この遊歩道を行くのかもしれない。 それにしても早朝の千波湖と緑化フェア跡地(偕楽園の延長としての整備された公園)は、犬の品評会のごとく次々といろいろな犬たちと出会える場所になっている。これに「ドックラン」(犬が自由に走り回る広場)でも付いていれば、ニューヨークのセントラルパークにさらに近づけるくらいだ。なにしろ街の中心にこれだけの大規模な公園を持つ水戸市は、ニューヨークの次にランク付をされているのだから世界に誇れる街なのだと自負をしても良い素晴らしい資産を持っているのだ。 もう少し中心街区との連動に工夫すれば回遊性も増し、歩く楽しみも増加するのだろう。その辺を今、南町三丁目と四丁目では共同での企画を考えている。まだ発表の段階ではないので、より具体的になった時期にお知らせをするつもりだ。 弱者にやさしい歩道がほしい 街並の景観としては素晴らしい遊歩道が太田街道の南北トンネル開通とともに、南町地区から千波湖へ向かってできる。(1年後)。 京成西口通り等、芸術館周辺の歩道整備はだいぶ進んでいるが、南町地区の縦ライン(例えば南町スクランブル信号から協同病院方面等)の歩道は表示ラインのみで、しかも盛り上げ舗装のために歩行者は身体が傾くくらいになり危険な道だ。特に国民生活金融公庫付近は、雨水や下水のマスで段差がはげしい。 バス通りに平行している歩きやすい大町通りですら、雨水構のフタには開閉の穴が付いており、飼い主に似てボーっと歩いている我が家の犬は、足をその穴に挟み込んだりしている。当然、身体にハンデのある方や、乳母車が安心して通れる歩道がなければ、駐車場から、あるいは住宅から、メーン通りへ出て行くまでの不安は消せない。これらは、この街に住みたい気持ちにさせる最低の条件の一つと思う。りリー保育福祉専門学校の学生たちがアイマスクをしたり、車いすを使っての体験学習をしている姿を見るにつけ危険度の再認識をさせられる。 <追記> 桜が散り始めた後、弘道館公園内にある鹿島神社とその近くの大木の間には、ここ数年タンポポが群生して地面が黄色に見えることを、我が家の犬から付け加えるように言われた。ただ昨年の夏、この付近は雑草が高く生えていたので今年も咲くとは限らないのだが。 |
≪22≫アートが街を闊歩する 平成13年4月15日
| ゲリラと呼ぶには優しすぎるアート 一昨年、歩道と車道を分離区別させる縁石の上に、ドールハウス風の小さなオブジェが南町地区の各所に設置されている。セロファンのフラッグに何やら能書きが書いてある。プリンの空きカップから小さな芽が出ていたr、つり糸を使ったオブジェ等が、「ゲリラ的なアート」でありながら優しすぎる故に、そうとも思えず、気付かない人も多かったマクロ的な表現者の自己顕示だった。以前、水戸芸術館と南町三丁目の共催事業、ダニエル・ビュレンヌ氏の虹のフラッグ展を思い出した。彼は若い頃パリの電柱やポストにストライプのフラッグを正にゲリラ的に巻きつけて歩き警察にお世話になったらしい。彼と南町の縁石ギャラリ−を発想した女子大生は基本は同じであり私の中では重複している。 その後、この学生と連絡を取ったクリーニング店のシャッターには、ミスマッチの祈りの手のようなものが描かれ、ギャラリーボックスには学生たちのポスターや写真が展示されるようになった。 今、美術館はおもしろい 昨年の秋、水戸芸術館が街へ出て来た。それは、「きむら・としろう・じんじん」なる奇抜な衣裳の陶芸家が街角で、「野点と楽焼」をリヤカーを引きながら通行人に楽しんでもらおう企画だった。コテコテの関西弁での対話も面白、評判を聞き笠間から駆けつけた知り合いの娘さんもいた。数十人規模ではあるが取り巻きの人たちも通りすがりに目を輝かせて見ていたので、オモシロイ企画だったはずだ。 同じ頃、東京板橋美術館では「ギャラリートーク」なる館内劇が上演されていた。展示場内で学芸員や見学者の役を俳優たちがなにげなく演じながら展示中の絵について話し合うものだ。これは「絵の見方の自由さを知ってもらう」発想が根底にある。何も知らない入館者に「静かに見なさい」と本気で注意をされる等、ハプニングも楽しいものだ。上野の美術館でも入館者がメイクアップをして変身も楽しめる企画も話題になっている。 「歩く楽しみ・期待感のある街・新しい発見」等は本来、商店街が提供すべきものだ。これを意外にも公的機関が箱物行政から踏み出し、枠を越える姿勢は頼もしいかぎりだ。いつの間に権威主義がはびこり、先に見えない時代が終わるのだろう。 官民の協調で互いの融合性を計る 水戸市が中心街区に「文化重層都市」の中核を求めるのであれば、ハード面だけではなく、街の中にそれらしき匂いをかもし出す要素を発見したり、作らなければならない。 かつて県立近代美術館との共催で南町三丁目は茨城の若手作家の一部をギャラリーボックス等を利用し協力し合ったことがあった。 当時の学芸員だった山本哲士氏は現在も主任学芸員として「やわらか頭」を持続中だ。そんな彼が、水戸映画祭実行委員会の燃える男・大和田博氏(梅香で旅館いづみ荘・香風亭を経営)と共催をし、近代美術館の中で「ミュージアムシアター」の企画・運営を連携する形で地域文化の草の根活動に取り組んでいる。その輪を少しでも広げようと,商店街の店頭にポスターの展示を始めた。さらにこれも裾野を広げるべく次回からのポスターの製作を大学生が中心に始めるという。 山本氏と大和田氏の目論見は止めを知らず、この秋「日伊友好・イタリア彫刻展」を9月〜10月近代美術館で開催するのを機に、大学・専門学校・幼稚園や小学校・水戸映画祭・そして商店街・女性会議や交流協会等々かかわれる人たちはそれぞれ負担感のない楽しめる方法での協賛を目指している。食や音楽も同時に楽しめ、同時期に予定されている、イタリア・クラシックカーパレードも中心街区進入してもらえればとの希望もある。自分の立場でできることを出し合い、人との結びつきの中で彼ら二人の行動力に南町地区としては全面的に協力をするつもりでいる。 |
≪23≫住宅の都市回帰の気配の中で 平成13年4月30日
| 中心街区にもう一度、住み直してみる この夏、泉町西商店会にシンボル的なビル「ラ・フォンテ−ヌ」が完成する。南町三丁目にも最近「セレナハイム」なるマンションが完成した。一階の一部を地権者だった井川果実店が使用しているごく一般的なゲタバキ型の建物だ。特徴としては、ペット飼育可や、駐車タワーの他に駐輪室を設けたり、ゴミの集中管理システム等がある。ただ、残念なことに管理組合がまだできていないのか、ベランダの外に布団を干している部屋が数室あることだ。一般的に美観上、外に干すことは街の中に住む者にとっては考えられないのだが、信号のある角地のビルゆえに目立ちすぎる光景だ。ぜひ布団干しはベランダの内側で我慢していただきたいものだ。 同時期、水戸二高前にもマンションができ、さらに三の丸小学校前にも完成まじかの大型マンションができている。地価の低下が、分譲マンションでも採算が取れる地域になっているのだろう。かつては貸事務所用のオフィスビルが次々とでき、満室になっていたが、投資額の多いビルは賃借料も高く、1階も含めて、県庁舎の移転と同時に空室が目立ち始めている。関連団体の移動も多く、それらの職員をあてにしていた飲食料の閉店も出始めている。さらに水戸水府病院の赤塚再開発地区への移転もあり、中心街区の活性化を声を大にして表現している行政の姿には矛盾点が多すぎる。さらに水戸駅南口の再開発が始まれば、中心街区の衰退に拍車をかけることは目に浮かび、TMO(中小小売商業高度化事業)での活性化対策費1千万円等では、直る見込みのないキズにただ包帯だけを渡しているようなものだ。 こんな、現実を作ったのは商店街自身にも負の要因はある。高度成長期時代に「生業(家業)から企業へ」の風潮があり、その効率性から住居部を賃貸物件へ転用し、住居を郊外へ移した商店主も多い。するとその人たちは、いつの間にか、街への思いが希薄になり、当然その子供達は単なる仕事場だけの意識になってくる。この辺が、「自分の店を、街を、何とかしよう!」との意欲を欠落させるのだ。 地域社会との協調性を考えているビル 全国的にマンション分譲を手掛けている業者は、ある程度の地元住民との協調性を考えたソフトやハードの提案をしているが、強い地元からの要望がないかぎり、ごく一般的な基準を超えることはない。この辺を泉町の「ラ・フォンテーヌ」の場合は自己発信による街並と街区への提案をしている特例的なビルの一つと思う。これからの大型ビルは、このくらいの自己主張のあるものでなければ魅力を感じてもらえないのかもしれない。 地権者の望月ミシン・望月学園の経営者である望月芳正氏は、地区の商店街活動にも深く携っている関係もあり、この地区では今まで考えられなかった程の大きく踏み込んだ街との共生を思考した複合ビルを目指している。 岡田広市長がこのビルを称して三つの「C]を持った集合住宅の先駆けであり、画期的な事業との評価をしている。一つ目のCは、カルチャー(生涯学習)。二つ目のCは、コミュニケーション(交流)。三つ目のCはクリエイティブ(新しい創造)とのことだ。 すでに出来ている3階部を先日、見せてもらった。1戸建て感覚のかなりグレードの高い構造のものだった。さらにバラエティーにとんだ各戸は、若さや、落ちつき、華やかさ等それぞれ、個性のある空間つくりをしている。一階部のパティオ(広場)が吹き抜けになっており、各フロアの回廊にもベンチが置かれてあったり共有空間の処理にも目を見せるものがある。 それ以上の工夫は地域とのつながりを持とうとする姿だ。単に物売りだけではないカルチャー教室や何にでも使えるフリーの空間等、このビルが泉町・大工町地区の大きなポイントとして、楽しさと回遊性を提供する「行ってみたい街」へ進展していくことを期待している。 |