南町三丁目商店街振興組合
特集:竹脇元治「旧市街地・中心商店街・再生への道P2
平成12年6月11日
≪2≫ 混迷の中で、実績から見つける方向性
| どうなるのか商店街 日本中の地方都市(特にその地域の中核と呼ばれてきた街)が悲鳴を上げている。 「商店街は努力が足りない」消費者ニーズにこたえてない」「閉店時間が早すぎて行きたい時間には閉まっている」など、マイナス評価が多すぎる。本当に商店街だけの問題なのだろうか?水戸と同じような条件の街「北海道・旭川市」を訪ねたことがある。 細く長い路面商店街は、一時期いろいろなモニュメントを点在させ歩行者優先の「買い物公園の街」として全国から注目を浴びた街だった。高速道路の整備によって、若者は札幌に買い物に行く。一泊予定で訪ねて来た観光客やビジネス客も宿泊を伴わなくなった。郊外店の進出も厳しさを増す要因になって、人の流れが激減した。そして街区のシンボルであった「モニュメント」が置かれているスペースは、いたずら書きされたり、ごみ箱化され、荒れた街に変貌してしまった。 地場産業の物産館などを利用しながら地方の方々は努力をしているのだが、特効薬は見つからないものだ。 山口県の宇部市も同様だった。工業を中心とした企業城下町は、日立市との共通部分を抱えた街だった。工業都市の持つ殺伐とした雰囲気を少しでも和らげようと、ブロンズ像や、彫刻を街の中に点在させたり、川を暗渠化してできた地上部の空地には、イベント広場や、コミュニティホールの機能を持った商店街組合会館も造って、市民との交流を図っていた。 宇部市実績と事業計画は、東京での研修会や全国実例集、そして現地を訪ねての二日間、12時間にもわたる研修など、かなり踏み込んだところで実情を知らされてきた。 商工会議所の職員たちの情熱と商店主たちの追いつめられても諦めない汗みどろの努力には敬服させられるが、時代の流れは否応なしに平然と飲み込んでいき、閉店の店が続出し続けている。 同じ状況の都市は、思い起こせば次々と出てくる。大都市に比べ購買力自体が小さく、それを受け止めていた中心街区も規模が小さい。そんな都市の郊外(車で12〜13分で行ける)に売り場が2万〜4万平方b・駐車場スペース2、3千台の大型店が次々と出来ている。これは、近所の路面商店が三百、四百店の単位で引っ越してきたようなもので、しかも、多量仕入れによる安売り、多量販売には、同じ商品を取り扱ってる小さな個人商店では話にならない条件競争が存在する。 商店街はサンドイッチの具 市民と行政体が「パン」だとするなら、商店街はそのパンの間に挟まっているサンドイッチの「具」の役目を果たしていたのではないかと思う。その「具」がおいしければ市民が買い物客として大勢やってきて楽しめたり、ちょいと「ワル」の子供がいれば、商店街の店主のおじさんが「何してるの?」と声をかけるだけで「悪さ」の一歩目が抑えられていた部分もあった。南町地区で思い出せば夏祭りの「みこしフェスティバル」を呼びかけた宮本誠氏を中心としたグループが多くの大人たちを「みこし」に熱中させた。商店街は一般市民の子供たちに呼びかけをし、南町三丁目だけでも「子供みこし」7台を数年間参加させてきた。子供たちのために用意するジュースとお菓子の数百個の袋詰め作業も大変だったが、酒門地区から堀町地区まで、多くの子供たちがうれしそうに担ぐ姿を見るだけで楽しかった。 ライフスタイルの変化とともに妙にかかわり合いを持たないドライな人間関係に変化するにつれ、お互いに見て見ぬふりする社会現象が商店街にも波及をし、テナントの店が増えたこととの相乗効果も加味され、今までの蓄積されてきた美徳はすっかり色さめてしまった。 こんな状況の中では商店街区だけの努力だけでは先が見えるはずもなく、行政と一般市民とのかかわりの中で共存の出口を見つけなければ、「スクラップ&ビルド」方式の収益以外の思い入れを持たない「使い捨て思考のショッピングセンター群」振り回されるだけでよいのかと疑問に思えて仕方がない。 水戸市の「中心市街地活性化対策協議会」は、全国にさきがけての行政の取り組として注目されていた。私もメンバーの一員と参加してきたが「文化重層都市」なる少々理解しにくい報告書の作成で終了した。その中の提言にもあるが「芸術館は現代水戸市の象徴として重要な位置を示している。 それが単に物を売るだけの街から、何か付加価値を持つ街への変身を示唆しているのだ。 開かれた・水戸芸術館 前にも述べた商店街とのタイアップ事業や先日開催された「芸術いち」(アマチュアのアーテイストたちの作品を集めたフリーマーケット)には約50店もの参加があり、作り手と「作者の思い」も一緒に買える楽しみは、単なるフリーマーケットとは一味違うものとなり、芸術館の柔軟性を発揮した企画として評価されている。 そして5月末には水戸芸術館ACM劇場「逃れは刹那・密やかの君」(公演は6月2日から18日までの金・土・日曜)の舞台げいこの見学会が開催された。 ニューヨークのラジオシティーなどでは「バックグランド見学ツアー」なるものがあり、ロケットダンサーとの記念写真や舞台のそで部分、照明室、振り付けリハーサル室、大道具製作現場などを見て楽しめるところもあるが、「舞台げいこ見学」まではなかなか見せてもらえない。ひょっとすると、演劇文化の成熟度は日本一なのかもしれない。けいこの様子を見せながら20分〜30分の間、見学の皆さんから質問を受けるなど、演劇ファンにとっては、たまらないひとときだと思う。 そんな中で演出家「長谷川裕久」氏の芝居づくりの話から街づくりのヒントをもらえたので、次回はそのへんに触れてみたい。 |
平成12年6月25日
≪3≫ 街のおいしさを見つけよう
| 演出手法と街づくり実施計画 5月末に水戸芸術館ACM劇場「逃れは刹那・密やかの君」の舞台げいこの見学会に参加させてもらった。130人もの見学者に、当事者も戸惑いを感じたらしく、10分程度の時間が経過したところで、演出家の長谷川裕久氏が、つぶやくように観客に語りかけをしてきた。「どうしちゃったのでしょうね。こんなに集まっていただいて・・・びっくりです・・・何か、皆さんに楽しんでいただけるような仕掛けを作っておけばよかったのかなあ・・・まあ・・、今さら間に合わないし、気楽に見てて下さい。おもしろくなければ自由に出て行かれてもいいし、おしゃべりもいいですよ。こっちも好きにやってますから、皆さんも好きにして下さい。」その後、舞台上の俳優にたちに向かって「でも、ちょっと緊張しちゃうな。君たちは、もっとしてるんだろうね。ちゃんとやってよ!」と笑いながら話し掛けますと、劇場全体が一気に和み、リラックスしてしまった。不思議な人だ。 この芸術館の提案でもあり、当時市長だった佐川一信氏とは、その昔、都内のアングラ劇場の「早稲田小劇場」や「自由劇場」あたりをお互いにふらついていた関係で、時折ふらりと、私の店に訪ねて来ては気分転換の話題では、「額縁・緞帳付きはやめよう。天井桟敷なんていいなあ。多目的ホールなんてダメダー!」などと盛り上がったりもした。 この劇場のちょいとデザイン先行で背中が痛くなる席に座る度、今は故人となった佐川氏の思いがまだこの劇場に継承されていることを実感してしまう。 舞台けいこ終了後、質問に答えてくれるコーナーがあり、その中で長谷川氏は、以前の自分は演出プランの中で、一つの方向性を見出せば、それをどれだけ完璧に表現させるかを俳優に求めていたが、今は少々変化をし始め、けいこの中で個々の俳優を通しての表現の中に、自分でも気が付かなかった何かを見いだせば、それはそれで変化していってもよいと考えるようになっている、との言葉に街づくりのリーダーシップを重複させていた。 街づくりに関しても演出家同様の中核になる人物を必要とするが、その人が大上段にかまえての取り組み姿勢であれば、みな萎縮してしまい、自由な発想を摘み取ってしまう。指揮者の資質の一番目はどれだけ皆の意見を聞く耳を持ち柔軟に対応するのかが、今の時代なのかもしれない。そうすることで思いもよらぬ方向性から素晴らしい可能生も出るのだ。 芝居とは小さな小売店同様極めてアナログ的な原始的世界だ。ただ店が現実であれば、芝居は虚構の世界での空間づくりだ。演出家長谷川氏の思いがどのくらい俳優たちに伝わっているのかと、6月18日の楽日に見せてもらった。そこには見事に羽化をしたオーデションで出演を決めた新人女優の姿や、若手俳優の技術力など、どうでもよいくらいの情熱の力強さに、「若さはスゴイ!」と納得させられてしまった。 台詞が饒舌で、しかもウィットに富んだ部分が散らばる現代詩的な要素にあふれているために、役者は台詞まわしに「リズム」や「微妙な間」を持たせないと、平坦な、ただひたすら言葉の羅列をするだけに流れてしまう。ふと気が付けば、私は30年前にタイムスリップをしてしまった。当時「現代詩手帖新人賞」を取ったばかりの詩人・清水昶氏たちと作っていた同人誌「ひのくるま」の編集会議の世界に類似しすぎていたからだ。 今回の舞台は今風のデジタル処理をした映像や極めて古典的なシルエットを使った造形、アーチ型のセットの移動などが消化しきれていない台詞を補う十分の効果をもっていた。 この街だけの良いところ この夏、南町地区でのサマーセールの景品に「映画のペアチケット」を提案させてもらった。かってJリーグが発足時、アントラーズのチケットを準備し、大好評を受けた。その後、サッカーブームのためにチケット入手が困難になりやむなく中断、それに代わるものを探していたところ、東京近郊商店街での販促事例に「ディズニーランド・パスポート券」があった。バスで連れて行かなくてもよいのか?との疑問の声もあったが、あえて好きな日に行けるチケットだけにし、今でも人気景品で行き続けている。ただ商店街とのかかわりはあまりない。そこでもう一度自分たちの街を見直し、発見したのが「リードシネマ」だった。5ヶ所の映画館がそれぞれ別々に上映をしている。80組(160人)にチケットが渡り、それは生きてもう一度南町地区に戻って来てくれる。食事や買い物だってしてくれるかもしれない。街のおいしさ、良さの発見の一つとして定着してほしいものだ。 |