南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心商店街・再生への道」 P15

《37》女性の視点で街を見るー水戸女性ホーラムー 平成13年11月26日

めての商店主との対話 11月17日の午後、水戸市男女文化センターで開かれた水戸女性ホーラム(大沢初江会長)の研修会へ参加させてもらった。この会は発足して9年になり、中心市街地の活性化の研究や提言、梅まつり等の観光ボランティア、銀杏坂のトイレに花1輪活動、年2回の中心街クリーン作戦等、地道に定例会と各部会からの提言をまとね発表したり、実行し続けている。 活動の一部は知っていたが、ここまで各部会の活発な作業までは知らなかった。私どもの南町三丁目も4人の女性理事が商店街活動に“活”を入れてくれるが、街は女性の視点で思考する「ソフト」が大切な時代と思う。 私は商店主の立場から見る街づくりについて過去のアーケード・ストリートギャラリー・ハーモーニーホールの建設等を表に見えない部分をピンポイント的に伝えた。そして現状の南町連合会・泉町二丁目・水戸TMO・黄門像の設置などに少しだけふれた後、対話集会の形にしてもらった。予定時間を超える程の充実したものだった。その一部を紹介しよう。
道路管理の規制について メイン通りを利用したイベントや歩道への提案や疑問が出ていた。月一回の歩行者天国への提言には、幹線道路ゆえに通行止めの年間日数の制約の事実等を答えたが、歩行者天国での活性化は「負の要因」に変貌している現実を伝え忘れた。同時に祭りの時に桟敷席を作れないのかとの提案には、制限時間内での現状復帰作業は無理と答えた。 ただニューヨーク等で現実に使用されてきた階段式脚立を横に広げた(5m位)ものの撤去作業を見ていたが、短時間で折りたたみ、そのままトラックへ引き上げていた様なものもあるので可能性はあると考えられると思い出された。こんな席が点在していれば、その前でのパフォーマンスも楽しさが増すとの提案だった。 今秋の時代祭りは商店街に着物の貸し出しをしたり、ポイント前に寸劇等の工夫が見られたが、長い一本道だけの行進スタイルの難しさが、祭りを緩慢にさせているのだろう。例えば馬の協力をしてもらっている相馬の連中にポイント毎に、行進中にいつもやっているように、伝令の馬に大声で何やらそれらしき事を伝えて駆け足で走り抜けてもらうだけでも興味をそそられ、行進する人達にも緊張感を持たせることもできるはずだ。 歩道についても、ちょっと一休みできる「パラソル席」をもっと置いてほしいとの意見については、今は正式な許可を取れないので無理との理由を伝えた。ただ、皆が「ほしいもの」であるのだから認めてもらう方向で一緒に考えたいと思っている。 自転車と歩行者の混在の歩道の危険性の指摘には分離帯等の工夫を提案していく考えを知ってもらったが、現状では無理な事情を知ってもらった。
歩いて生活できる中心市街地 これから先の高齢化時代は、歩いて買い物や病院、集会場等へいける住宅があってこそ、街の再生ができるとの考えを聞き私も同感している。 大規模な百合ヶ丘ニュータウンの不人気、県庁移転による周辺整備のための道路、下水道工事への市の負担の大きさ、赤塚駅開発ビルの商業と福祉施設のつまずき。ただ、マンションは水府病院の移転によるこうじょうけんでのかんばいに味しめ、十万原住宅団地に共同病院をとのウワサも聞く。国立水戸病院の移転もあり、旧市街地には負が増すだけだ。巨額の投資をせずに中心市街地へは歩道の整備(車いすやベビーカーがすれ違える)をまずしてほしい。 次に、老人世帯が消えると同時に、駐車場になってしまう
現実(無人の夜は怖い)を変えるには、低層のマンションでもバリアフリー機能(エレベーターや地域交流空間)に補助金を出し、受託建設を考えたい。これらができるなら、本当の「人にやさしい街」ひなって行くはずだ。

(筆者の希望で原文に訂正を入れました。)


《38》自分の街をどうしたいのかー南町三丁目の場合ー 平成13年12月9日

商店街の現状をのぞく このシリーズの中で、南町三丁目は折にふれ取り上げてきたので新たに述べることの少ないが、「文化事業で街に活力を!」をテーマに全国的にも例の少ない事業展開(小説家の講演会・各種コンサートの開催・ギャラリースペースを中心にした会館建設等々)は多方面から注目され300を超える団体が研修に訪ねて来た。 ただ、今の厳しい商業環境の中では、ハード事業のアーケードや、ハーモニーホールの建設で生じた運営経費が事業費を圧迫しているのも事実だ。アーケードは建設借入金の返済が毎年800万、照明電気代が約400万支出される。ハーモニーホールの維持は約200万かかるが、ギャラリーの賃貸料で全国的にも例外と呼ばれる(良質の空間の為か)採算の取れる会館になっている。(ただ建設費の毎年の返済250万は別)。そんな理由からなのか、いくら補助金等の支援があっても直接的な収益を伴わないアーケード等の建設には二の足を踏む商店街が多いのも仕方ない。
水戸の地場産品を知ってもらう 細く長い街区ゆえにイベント企画も工夫を要するのだが、来街者やこの周辺に住む方々に少しでも楽しさを提供すべく、小規模ながらも「街の元気」を見せる事業を、お母さんたちの仲間・南美会で実行してもらっている。それは「正月のモチつき」と秋の「ハロウィーン」だ。次世代の青年部・南芽会には夏祭り(4〜500万の経費)をすべて仕切ってもらっている。 来年の成人の日(水戸市は1月13日に開催)には、例年協力を受けている常澄地区商工会「地場産品研究会」のメンバーがモチつき一式を用意し米1俵分(60キロ)の「常澄満月のもち」を当地区の為にモチをつき、南美会のメンバーが「きなこ、納豆、あんこ」などにまぶし、手際よくパック詰めにする。できたてのモチはスタンプラリーの景品として5〜600パックを配布する予定になっている。
正月らしいイベント作り このモチつきはバス停近くの駐車場の一部を借り、三年前から始まった。初年度は「昔なつかしチンドン屋さん」に正月の街をスタンプラリーのチラシを配りながら歩き回ってもらった。大人には「なつかしさ」を、子供たちには初めて見る「新鮮さ」を感じてもらえた。昨年は雪の舞い散るあいにくの天候だったが、明治生命ビル入口で「成人おめでとう!人力車で記念撮影」と称し、大子町在住の陶芸家・藤田克巳氏の所有する人力車をお借りし、ご本人にも車夫姿で参加してもらった。昼すぎに成人式帰りの晴れ着姿の方々によびかけをし、5〜60人の方々が人力車に乗り記念撮影を楽しんでもらった。
水戸の伝統芸能の参加 来年の正月のイベントは「常澄満月のもち」以外に、久しく街の中の正月風景から消えていた「水戸大神楽」に来てもらい、獅子舞と曲芸を南町三丁目の各ポイントで披露してもらえることになった。予算の少ない企画のため、県から無形民族文化財に指定され、ちょっと遠い存在に感じてしまっていた水戸藩御用神楽(かぐら)を拝命している由緒ある「水戸大神楽・柳貴家正楽社中」を訪ねたところ「金銭ではない、街の心意気」をくみとっていただき三百年の“業≠見せてもらえるとの快諾をいただいた。 この神楽獅子舞や古典曲芸の「一つ毬の曲」等、これが来ないと正月が来た気分になれないと思っていた方々にとっては、楽しみの増す正月が迎えられると思う。せっかくの生きた文化遺産なのだから多くの人たちに楽しんでもらいたいと思っている。
(1月13日午前11時から3時の間) 

≪39≫魅力ある都市はコンパクト 平成13年12月24日(月)

アメリカの同時多発テロ 今年の最後の当たり世界を激震させたこの事件は、アフガニスタンへの米軍の進攻によるタリバン撲滅により、ベトナムのようなゲリラ戦への泥沼化にならず終結をしそうな気配だが、ニューヨーク(以後NY)のツインタワービルがあんなにも一気に多数の犠牲者と共に消えるとは、思いもよらぬ事だった。
 NYへは、語学堪能の友人、宮角知安氏(光和印刷社長)に連れられて数年前に、二年連続でそれぞれ同じホテルに連泊する八日間を過ごした。
彼の友人のニューヨーカーたち8人にお世話になったが、各人の生活環境の違いなのか、それぞれに個性のある、まったく違う視点で街を捕られているのを知った。パッケージデザイナー、彫刻家、広報代理店のキャリアウーマン、医者の卵、東京でジャズクラブをやっていたオヤジさん等・・・・。通訳をしてくれた宮角氏が現地の友人と英会話を楽しむ時間帯には、私はカメラを片手にふらつく時間も多く取れた。 川べり倉庫街のレストランでは観光客は珍しいらしく、日本人は来たことがないと言われ「どうしてこんな店に入ってきたの?」と聞かれ「お腹がすいたから」といったら大笑いされウェイターは私たちのテーブルに付いたままでおしゃべりを続けた昼食を楽しんだりもした。
 飲んで食べて、もうカンベンと思うくらいだった場末のベトナム料理店は、一人当たり千円程度だったが、イタリア映画を見ているような、ウェイターがマフィアの子分役の雰囲気で軽妙な客とのやり取りを一つのショーのごとく見せてくれたお洒落なレストランでは、ベトナム料理店の20倍の支払いを必要とした。
 NYはジュリアーニ市長になってから治安は一気によくなり、観光収入の安定が出ていた時に今回のテロが発生し、日本からの団体客を消してしまった。動物医学の研究で米国在中15年目の甥の話しではチェックが厳しくなるから安全とのことだが不安感を持つ人は多い。 NYを幾度も訪ねている宮角氏の「せっかくだから観光らしい場所にも行こうよ」と誘われて最後に立ち寄ったのがツインタワービルだった。そんな彼も今は訪米を躊躇している。
南町連合の年末セールも来春出発で「シアトルへイチローを応援に行こう」を特賞にした企画案を考えていたのだがディズニーシー入場券200枚に変わってしまった。
 街はコンパクトの方が良い NYを思い出すと、水戸の都市計画部長・脇山氏の「街はコンパクト」という思想が重複してくる。常々街は大きくなる時代は終わっていると思っている私は、大都市でありながら中核部分は自転車で歩き回れるNYはすごいと思う。密度が濃く、その切り口によって多様に変化していく多面性ははオフブロードウェイと美術館、ジャズのライブハウス3点以外に興味を持っていなかった私にも色々な発見をさせてくれる街だった。
 西海岸のロサンゼルスも大都市だが車がなければどこにも行けない街だ。ダウンタウンと呼ばれていた地区もだいぶスクラップ化され外へ外へと広がっている。
 その点NYは、かつて倉庫街だったソーホー地区にアーティストたちがアトリエやギャラリーを作った事で街が再生したが、今では新人たちには家賃が高く橋を渡ったブルックリンやブロンクスの方へ分散していると言う。
 今でも治安の悪いハーレム地区はパネル板で玄関や窓をふさがれている建物が目に付く。ほとんどが放火で消失した建物だが、石やレンガで出来た古い構造の建築物なので骨組みはしっかり残っているものも多い。これをただ同然で行政が売却する場合もあるらしい。ただし、再生した建物には必ず自分もすむ条件があると聞く。一時、スポーツメーカーのナイキガ活性化と観光客の為にアポロシアター近くに大きな店を開店させたが数年後には火事で閉店をしている。最近クリントン元大統領が事務所を構えたのでハーレム地区の再生にも光がさしているのかもしれない。
高齢化の時代を迎えて 世界の大都市で倉庫街を再生しているのはNYばかりではない。カナダのバンクーバーでも街の発生の地ギャスタウンは古きよき時代を再生させた。オーストラリアシドニーでも港近くの倉庫街がレストランやショッピング街になっており、モノレールや地下鉄で気楽に中核都市部は歩き回れる。
 水戸のような県庁所在地であっても人口の集中度の低い街は郊外へ行政関連施設や公共施設を分散させない努力をすべき街なのに、現実は反対へ向いた開発が多すぎる。車を使わない生活空間(学校・病院・買物・鉄道・バス・上下水道)を中心市街区に小額のインフラ整備で済む「ベビーカーが安心して通れる歩道」を裏通りに作るだけで街は変わると思う。これは高齢者にもやさしい街を考えるべき行政にとっての義務と思えるのだが、商店街のエゴとは思わないでほしい。


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