南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心商店街・再生への道」 P11

≪24≫中心街区に公営住宅を  平成13年5月13日

もう一度、生活感のある街を作る 水戸市中心街活性化対策協議会が5月1日に開かれ、商工会議所よりTMO構想(中小小売商業高度化事業)の認定について説明を受けた。この事業が中心街区再生への強い衝撃を与えるとは思えないが、次のステップの手懸りにはなるはずと思う。この会議の中で参加者の市議会議員より、大工町再開発事業の中で公営住宅の案もあるとの話が出ていた。まだ不確定な要素の多いようなのでホテルを核にした概要きり見えてこないが、回遊性を保つ街にはぜひ必要なものと思う。 旧並松町アパートは近代的な公営住宅に変身した事例の一つだが、旧常澄村地区の百合が丘団地に象徴されるように、大規模開発の住宅団地は販売価格の割高感から閉塞状況にあるのが現実だ。こんな中で十万原の住宅団地開発が計画されているのは不思議なことと思いたくなる。県庁舎移転でも分かるように周辺の上下水道や道路整備事業等の経費が膨大なものになる。 中心街区に必要とするのは安心して歩ける歩道整備があれば済んでしまう。これ以上、周辺部の天然ダムの役割を持つ水田や雑木林の緑地をあえて壊すこともない。十数年前から空洞化している中心市街地の住宅地に市営や県営住宅を増やしてほしいとの話をしてきた。土地代の高さから無理との返答が続いていた。今、予想すらできない課税評価額を大きく下回る売買を見るにつけ、公共施設や交通手段、歩いて行ける買い物の場等、すべてに割高感があった街区が一時代前の価値に戻って、郊外との格差が消えている。
中心街のヒートアイランド防止策 今、想像を絶するくらいに国民を政治に注目させた小泉総理大臣も提案している「公用車を低公害車に切り替える」等、環境問題は地球的な規模で考えられている。それは個々の一つの小さな積み重ねからの出発でもある。最近水戸市の公園や街路樹からでる枝のせん定されたものや苅草を、チップ化したり肥料として使えるようにする「緑のリサイクル計画」は焼却処分による地球温暖化の二酸化炭素を減らすことにもつながる素晴らしいことだ。 かつて中心街区の住宅地の隣家との区分はほとんどが生け垣だった。子供たちはそれらをくぐって近道をしながら移動をし、自分だけの秘密の通路を持っていたものだ。今でも旧釜神町(現・備前町)あたりにはまだ残っている。行政は、実際維持管理の大変な生け垣に助成をしているのかもしれないが増やすためには生け垣部の税金減免等で協力してほしい。 もう一歩踏み出せば、建物の屋上緑化や壁面緑化が上げられる。以前の個々の家に庭があり樹木が必ず植えられていたが駐車スペースのために庭が消えた家も多い。そこで残されたのが屋上と壁だ。私の南町の家も十坪程度の屋上花壇があるが、毎日小鳥が遊びに来てくれる。都内のある中規模ビルが外部にツタを張わせる構造にしたところ、夏場の空調電力が三割も少なくなったという。こんな小さな努力が街に潤いの空間を作れる。私の家では横通りに面した階段と裏口に極力花を置くようにしている。この十年間いたずらをされたことが一度もない。
高齢者のも子供のもやさしい街 電動イスや、座れる押し車を使いたがらない高齢者が以外と多い。“いかにも高齢者”の印象を嫌うことと、横通りの安心して移動できる歩道がないことだ。歩道整備は外出意欲により寝たきりも減る。わが家ではシルバーステップという椅子に座って階段を昇降するものを利用しているが、エレベーターには負ける。 公営住宅が無理であるなら、民間の低層共同住宅でもバリアフリー機能を有するものに何らかの明確な助成制度が作られるなら、官民共同の「歩いて生活のできる街の高齢者住宅」ができる。そうなれば、単なる駐車場だらけの裏通りからの脱却があると思う。高齢者は静かな田舎が好きな人ばかりではなく、賑わいの街に住むことで刺激を受け、生きる意欲を増長させることも多いのだ。

≪25≫一市民の声で街が変わる  平成13年5月28日

映画の楽しさを知らせる男 この夏の南町地区サマーセールでは、再び景品に映画のペアチケットが復活する。県内では一番の上映館にある街なのだから、その良さを再認識する意義ある企画だと思う。 その映画に浸りきっている「NPO法人・水戸映画祭実行委員会・シネマパンチ」の代表、大和田博氏に会い、映画と街への思いを尋ねた。昭和47年まで,伊勢甚の並びで営業をしていた「いづみ荘」は安政5年《1857年)創業の老舗だ。現在は梅香に移転し水戸に残る数少ない『旅館らしい旅館』の経営に彼らは携っている。 農業に強い興味を持ち、盛岡市の岩手大学農学部へ入学し、同時に大学後輩の奥様も培養し、水戸への移植にも成功したと聞く。幼馴染みの言葉を借りれば「一途で走り出したら停まれない気性」は子供時代と変わっていないらしい。そんな彼の映画好きに拍車をかけたのが、、盛岡市内の名画座だった。 古き良き時代の映画「ある夜の出来事」「カサブランカ」等、名画の数々を水戸から離れた地での観つづけていた事が、映画以外にも、街の持つ個性に違いも認識させていた。
映画で作る街の楽しさ 私も盛岡の方々とは、街づくりセミナー等を通し幾組かのグループと接しているが、他の街と比べると、「一市民の意識の高い街」との印象を持っていた。商店街の視察団にしても必ず女性の方の参加者が有り、しかも顧客同行もあった。そのお得意様が視察先で自分の意見に素直に質問されるため、返答側もごまかし等も言えず、本音の対話ができる不思議な街と思っていた。 大和田氏もその辺は感じていたようで「自分達のの街は、自分たちの手で作って行く」思いと、意識の高さを学生時代に実感していたという。以前、水戸駅前の無気質な表情の無い事を指摘させてもらったが、彼も水戸駅前同様の盛岡駅前の再開発は、街の優しさを消してしまったと思っている。 そんな彼は、里見村の農業生活を経て、水戸に戻ったころ、瀬谷竜群氏を中心にして開催をしていた映画祭グループに第4回目から加わってきた。映画館では上映しきれない商業映画を、映評会・映像水戸・茨城サロン会員の協力で毎年開催を続け「水戸市政100周年」には、水戸市出身の深作監督を招いての講演会・対話集会にまで発展させた。野外上映会のも挑戦をした。芸術館広場での「ゴジラ」には、かなりの反響があり楽しさを増大させたという。そして水戸映画祭は、この秋,16回目を迎える。
私の水戸を映画であふれさせたい 水戸映画祭は、近代美術館とも連携を持ち、美術館地下講堂を利用しての上映会は入場料無料で開催している。 大和田氏の第二の故郷「盛岡」でも町おこしの一環として始まった「盛岡ミステリー映画祭」は、市・県から4千万、大手企業協賛で1千万、計5千万円の基金で事業展開をしている。水戸の映画祭スタイルは水戸市たらの助成を受けているが、伊藤事務局長を中心とする多くのボランティアの手作り作業で作り上げている。 5年前より始めた『短編映画祭」の開催も今年は9月15,16日水戸芸術館で行われる。公募作品のコンペ形式で35歳以下の自主制作を中心にした40分以下の映像を対象にしており、今年からは地区や国籍を問わなくした所、例年100作から200作の応募から300作に近い応募にまで増えたという。 水戸以外の若手映像作家の登竜門としては、ドラマ系の「ピア・ヒィルムフェス」や、映像重視の「イメージフォーラム」他には「夕張ファンタスティック映画祭」等がある。  単に上映するだけで無く映像作家を育てる領域にまで成長させた大和田氏の努力は並のパワーでは無く、やはり「燃える男」がぴったりなのだろう。秋のイタリアフェア・日本女性会議への協力等、39歳の知恵袋は増大を続け、関係者に光を当て続けてくれている。

≪26≫中心街区に「水戸の顔」を創る  平成13年6月4日

黄門さん像を建てる会 平成14年の春に、気象台下から旧紀州堀に通じるトンネル(南北道路)が完成する。この地上部の一部に空地ができるのを知った南町四丁目商店会の大橋章会長は、何か記念のガス灯や時計塔・ミュージックベルタワーなどを建てるべく「南北開通記念モニュメント事業資金積立」を平成8年より始めていた。 その後、南町三丁目(国府田昭理事長)へも声を掛け、協力し合ってのモニュメント建設へ発展をし、平成12年には「水戸黄門像建設案」に絞られていった。設置予定の空地は旧ユニーとライトハウス(セブンイレブン)に挟まれた小さな三角地で、バス通りから少し奥に位置するため、少々大きめの像でなければ存在感がなく見落とされてしまいそうとの意見も多く、行政からの協力(県・市からの助成)を受けるべく、要望書を提出した。最近、内諾を受けられたため、より具体的な制作依頼までこぎ着けられた。 中心街区で二つの商店会が共同の事業展開した例は、販売促進やイベント以外では初めてのことだ。さらにこの「黄門さんの像を建てる実行委員会」は,南町三・四丁目の代表者以外にも、渡辺正明市議や水戸市産業経済部の田所参事も含め、商工・観光・都市計画の各課長の方々、南北道路事務所にも参画してもらい準備を進めて来ている。
なぜ水戸黄門像なのか 南町・泉町を通る国道50号線は、以前水戸市の愛称募集で「黄門さん通り」に決まっているが認知度は極めて低く、地元の商店主すら「そうだったの?いつ決まったの?」程度のものだった。駅前のペデストリアンデッキに設置されている像以外にも、最近はダイエー前や大工町交番の前にもゆかりの像が建った。 せっかく、通りの愛称にもなっていて、だれでも知っている「黄門さん」を前面に打ち出そうと決まったのも無理もない。なにしろ全国区で、これほどまでに、水戸の街をイメージできる親しみのある人物はないのだから・・・・。  そして偶然にも南北道ミニパークは、太田街道の起点でもあり、この地に立つ旅姿の黄門さんの目線の先は、西山荘への道であることも不思議な因縁だ。
楽しさの演出を考えた像 私もこの委員会の一員として参加しているが「単純なブロンズ像ではない話題性や楽しさのあるもの・市民参加型の企画作り」を提案させていただいた。そして予定されているが、骨格から予想する「光圀公の声」がある。黄門さんが来観者に声をかけてくる?!?・・・・・人気者になれるかもしれない。少なくとも四つの季節を感じられる「水戸の音」を言葉の前後に織り込みながら、お話の内容変化させれば楽しさは増大するだろう。 そして一連の事業展開の中で、ミニパークの名称・黄門さまのお言葉等々、一般公募による広がりを持たせてほしいと思っている。 将来の旧ユニーは不確定だが、この黄門さん像が「偕楽園〜黄門さん像〜弘道館」ラインの観光ルートとして機能するなら、中心街区へ観光客招致の呼び水になるためにも変身を望みたい。例えば近代画壇を代表する水戸出身の世界的な画家「横山大観」の美術館をここに造りたい。水戸TMOと駐車場公社が一緒になってビルの再生をするなら可能性は高い。大観の絵「一枚分」でバーチャル美術館はできるかもしれない。1階は観光バスも入れるバスターミナル(芸術館へも歩いて行ける)。2階は物産会館、隣の田原屋にも入ってもらってもいい。高層部はマンションでも良い。
 ライトハウスが現代の若者文化、大観美術館は近代、黄門様は歴史の文化、この渾然としたミスマッチな空間は、おもしろさでいっぱいになりそうだ。さらに、水戸観光協会との共催でここを起点に西山荘までの「黄門さんマラソン」等も考えていくと、何だかワクワクしてしまう「黄門さん像」の波及効果はやはり偉大だ。


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