南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心商店街・再生への道」 P18
≪47≫泉町二丁目の不思議な元気 平成14年5月12日(日)
| 商店街運営の大変さ なぜか元気印で商業活性化に取り組んでいる泉町二丁目商店街振興組合(金沢克憲理事長)は、この数年、行政からの補助助成金を上手に使いながら新規事業を実施している。自己主張の強い商店主たちからは全面的な協力をなかなか受けにくいのだが、「とにかく試しにやってみて、だめだったらやめればいいんじゃないの」との理事長方針と、次の時代の若手の“何かをやってみたい連中”に企画を任せる柔軟さが、この街に元気をもたらしているのだろう。 前回取り上げた泉町一丁目南側地区の再開発は、各人の資産に踏み込んでの事業ゆえに取りまとめ役の内田泰弘氏の心労は、体調不良になられている事でもよくわかる。 時代の流れを上手に取り入れて 泉町二丁目の「元気の素」金沢克徳氏は不思議な方だと常々思っている。その昔、彼の先代は自転車のおろし業をしており、明治の初めの頃はアメリカから輸入した物を販売していたと聞く。そして戦後、彼が店を継ぐ頃はベビーブームで子供の三輪車がおもしろい様に売れ、ついでに戦前までは隣家がおもちゃ屋だったこともあり、自転車とおもちゃの両方を売っているうちに、おもちゃに重点を置く店に変わっていった。それはこの地区が衣料のスミヤを中心に人であふれていた時代でもあった。 そのおもちゃを売っている店で育った息子の金沢良憲氏は、四年前に「スタイル・バイ・スリフト」という輸入品を中心としたセレクトショップを始めた。父、克徳氏がトイザラスの水戸出店で、おもちゃ屋を閉店した2年後のことだ。 現在35歳になる良憲氏は、子供の時代からこの街に住み親の働く姿を見て育ったことが、新しい「経済的なスタイルの提供」をする店の開店を決心させたという。そこでは自分で選んだ、自分の好きなものを置くことで、商品の説明は上手に出来、その商品の良さをお客さまにもしっかり伝えられるからお互いに楽しいと言いきる。 この街区には茨城を代表する書店「川又」や宝石・時計の「石川」、全国に店舗展開をしている福田三千雄氏経営の「ポイント」もある。ここは良き時代の資産を守るだけではなく、新規事業へ転身する度量と鋭い嗅覚を持つ人が育つ街なのかもしれない。 厳寒でも続けた・宴や夜市 2年たった「宴や夜市」の企画は、それ以前の「ふれあいサタディ」を毎月第3土曜日の昼間、近隣の農家の協力で野菜販売とフリーマーケットを駐車場や土曜閉店している企業ビル前を使い、約3年続けていた基礎がいかされている。この事業には味どころの西村・十銭屋の森・ジュンショップの住谷強生・紳士服の深谷等、各氏の協力で運営されていた。 その後、若手の金沢良憲・山翠の高野健治・プラスパスミヤの住谷鉄次・オーボンバンの河野等の各氏が、もう一歩発展させた形で出発したのが「宴や夜市」だ。通常は店が閉まっている時間帯(夜7時から9時)に、月1回、月末の金曜日に店を開けてもらい各店はお得意さまへのサービスを中心に来街者への楽しみの提案を考えてもらいながら、組合としての企画は次のようなものを実施している。@屋台(コーヒー屋・カクテルバー・串焼・アイスクリーム等)Aストリートパフォーマンスとライブ(移動するパントマイム隊・各種バンドの演奏)Bお絵書きコーナーC短編映画の上映D行列が出来て困るくらいの姓名学の運勢鑑定だ。 いつものお客様に売る楽しみ、ひやかす楽しみを夜の散歩で味わってほしいと続けている。 学校を抱き込んでの企画 空き店舗を使った「水商マーケット」と水戸二中生の「ピカピカ祭」が注目されている。これは水戸市出身のプランナー藤原美江氏にお手伝いをしていただくことで広がりのある楽しいものになったと聞く。年に5回くらいを目安に「水商マーケット」は水戸商業高校の校長先生の全面的な協力を得、生徒たちが自分で仕入れ・販売・ポスターやチラシ作りまでやっている。 若者が街の中ではコンビニの前に座り込んでいる姿が目に付くが、そんな若者に居場所作りの一翼を担えないかとの思いもあり、始まったものだ。その広がりは中学へも届き、水戸二中生の元気を表現した「ピカピカ祭」では、町内のフラワーポットを作ってくれた群馬県利根村から、松ぼっくり・木っ端・押し葉等を送ってもらい、これを材料にお客様とアートを楽しむコーナーを作っている。 これ以外にもいろいろな企画で商店街活動をしているが、この街のもう一つの特徴はテナントも組合員になってもらっていることだ。そして積極的に企画にも 参加してもらっているし、店頭改修に対して行政の補助が出る「顔づくり事業」にも多くの店が参加している姿は、街の活力を生む組合の姿勢そのものと思える。 |
≪48≫ マナミンサラマンポの心 平成14年5月28日
| 連載の最終回にあたって 2年間(48回)に渡って連載させていただいたこのシリーズも、今回をもって終了させていただくことになった。日ごろ思っていることや研修・視察等で気づいた事を身近な商店街やチャレンジ精神を失わずに活躍している団体や個人を中心に、私なりの解釈で取り上げて来た。 表現力のなさと、知識不足を露呈しているようで恥ずかしい事が多いにもかかわらず、時折りいただくはげましや共感の電話や手紙に後押され続ける事ができました。また、私のようなものが書く駄文の連載を許していただいた新聞社と我慢をしながらも読み続けて下さった読者の皆様にもお礼を申し上げます。 この連載で取り上げなかったのが、水戸駅南口と、大工町の水戸信用金庫本店跡地のホテルを核とする再開発ですが、現在進行中のようです。そしてこの2年の間に旧市街地の南町地区では、薬局・携帯電話・化粧品の店が減り、美容室・コンビニ・カジュアル衣料の店が増えました。さらに南町3丁目には行列のできる店が3件もできました。それは土日を中心にカラオケ「シダックス」は100人くらいの人たちが昼の開店を待ち、行列しています。もう一つはリードシネマ(映画館)です。このところ話題の作品が続き、早朝の行列が目につきます。3つ目は「黄門さんおしゃべりパーク」隣のライトハウス(ライブハウス)だ。 この3店に共通しているのは「物」を売らずに「楽しみ」を売っている所だ。そんなおもしろい現象の中、梅香トンネルの完成と共に一気に車の停滞が消えてしまった。その分、郊外大型店周辺が店舗増と同時に車であふれています。そこで再燃してきたのがバス停以外の所は1車線分を駐車帯にしたい要望だ。そして歩道はカフェテラス利用も可能なベンチを正式に認めてほしい事だ。 この数ヵ月なぜか旧友に会えた 突然電話にて横浜の演奏会が今終わったから会いに行くぞと夜中にやって来たのは渋谷でザックコーポレーションを経営する宮崎恭一氏だ。ひちりきの第一人奏者やオペラ歌手、米国を中心に誰でも知っている歌手やバレー団等のプロモーターをしている人物だが、50歳になり、もう一度勉強をするべく授業はすべて英語の大学院に入り「2番で卒業したぞ!」と私の所へ報告に来たのだ。私が「あっ、そう!」と言うと奥さんが「卒業証書なんか見せても、この人はあなたが思うほど喜ばない人なのよ」と彼をたしなめていた。この時思ったのは、今の時代,個人の満足度は物ではないのだと教えられた事だ。 さらに30年ぶりに会ったのは、盲目の劇作家として30数年前にマスコミから注目を受けそうになったマッサージ治療士の鈴木三郎氏だ。彼は弱視だったが盲学校から一般入試で大学へ入学した男だ。彼は独創性の強い短編戯曲(人が岩になってしまう等)を書いていたが、文字が判読しいにくいので私が「いつものアイツの考え方」を念頭に、読める文字に書き換える作業を学生時代にやった。そして数本の戯曲を書くと、自分の弱点だけ(盲目の戯曲家)でマスコミから注目されるなんてまっぴらだと言い、絶筆してしまった。その鈴木氏は2年間のつき合いだったけど20年以上のつき合いをこの間にしちまったな」と言う。そしてかつて共演をした彼の作品の中で「年を取っても、社会の不条理に、怒りの涙を流せる男でいたい」。彼の演じた男と、現在の彼が同じ年になった今も、その時演じた男の生きざまそのもので生きている姿には グラリと私の腐った体質には痛すぎる刺し傷になった。 同じ時、内山勉氏(俳優座等を中心に日本を代表する舞台美術家なった)にも合った。意見がいつも合わずに論争をしていた仲間だが、舞台もテレビも「思考を停止している時代」だと言い、時の流れにあまりにも迎合しすぎて、何が本筋なのかが見えない時代なのだと語ってくれた。 そして最近会った、当町の波形アーケードをデザインしてくれた塚原正一氏(STデザイン代表・武蔵野美大、共立女子大講師)は西部池袋線東久留米駅に車イスでも自力で移動し、富士山を見られるテラスを作ったりしている。彼とは東京・青山付近をウォッチングしながら「町自身に誇りを持てるものの確認、歴史的遺産やシンボル的な人の心を引きつけるものをどこに持たせるかで街は変わって行く楽しさのみつけ方」を提案してくれた。 マナミンサラマンポの意味 3年前にコアホウ鳥に合うため、友人の軍司正義氏(元日大英米法学講師、現会計事務所代表)を誘い、彼の語学力を頼りにミッドウエイ諸島へ出かけた。本当に何も無い島で、私が鳥たちと遊んでいる間に軍司氏と友達になったコックのジョジョさんが教えてくれたのがフイリッピン語のアリガトウの丁寧語「マナミンサラマンポ」だ。この島で学んだのは「自然と食べ物、人の優しさに感謝する気持ち」だった。これをお客さまにも本気で伝えられる店主でいたいと思う。(おわり) |
シリーズ≪48≫平成14年5月28日まで掲載させて頂きました。
組合ボランティアで載せてますので、誤字、脱字は“ごめんなさい” ・ 皆様のご意見をお待ちしてます。
シリーズ新聞掲載も今回で終わりました。
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