南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇元治 「旧市街地・中心商店街・再生への道」 P13
≪30≫水戸・南町の賑わいづくり事業 平成13年8月12日
| 秋に実施・水戸YMOの具体的事業 水戸市の中心街区の活性化を目指してしる水戸TMOが具体的に活動を始めた。今年度は南町地区を中心に県中小企業振興公社の助成金(500万円)を受け「実験的エコステーション」と、9月開催の「日本女性会議2001みと」の歓迎フラッグ(駅前から大工町まで)の取り付けが決定した。*ちなみに南町三丁目の夏まつりにかかる経費は、この助成金と大差がない。それゆえに協力団体によるボランティアにかなり助けられている。 それらと同時進行して、南町連合商店会は近代美術館企画「イタリア彫刻展」に協賛し、「イタリアフェア2001水戸」を南町三丁目ハーモニーホールを中心に各店の協力を受け事業展開を予定している。 そして南町二丁目は9月22日にイベントを企画し、楽しく歩く街の再来を思考している。南町三丁目は10月28日、毎年恒例になった仮装カーニバル「ハロウィーンだよ・みんな集まれ!」を町内のお母さん仲間で開催する。 街の中に新風が吹き抜ける 今回の女性会議とイタリアフェアのフラッグは、茨城大学の島田先生の協力を受け、情報文化課デザイン専攻の学生さんにデザインしていただいたものを取り付けることで決定した。このフラッグの原案は、街の中になびく、吹流しのようなデザインで、極めて斬新なものだった。長期間の懸垂や諸条件による制約で残念ながら、吹流しタイプや縦長の長めのフラッグは取りやめになった。また、他のフラッグ原案はイベント案内やスケジュール等の表紙に使わせてもらうことにした。 今までのイベント等の商店街作成のフラッグとは一味違う若い感覚で表現された<作品>は街に楽しさを提供してくれるだろう。 茨城大学の学生さん達との連携活動としては、イタリアフェアの「統一ロゴやキャラクター」の制作や、店のウインドウーディスプレーに挑戦してもらうグループや、南町三丁目のハーモニーホールギャラリーでの「ビバ!イタリア」や、街の中に点在するギャラリーボックスを利用した展示物も考えてもらっている。 常磐大学の学生さん達には、塚原先生の協力を受け、9月22,23日の両日「南町イタリア物語・知と感動に会える街」と題した企画「タウンウォークRPG(クイズをしながら目的地へ行く)・ピノッキオの冒険」等、巨大絵本(学生が制作したもの)やマジック、パフォーマーをも組み込んだ遊園地感覚で街を歩ける仕掛けを考えてもらっている。 夜は水戸映画祭実行委員会による、オープンカフェ形式でイタリア映画を楽しんでもらう計画も予定している。 さらに文化学院専門学校では、インターネットにイタリアフェアのホームページを作成してもらえる協力を受けている。 マイナス要因をプラスに変身 TMOなる制度ができたことで、今まで活発な事業展開をしながら、国・県・市町村等からそれらの活動に見合った費用の一部を助成金として直接受け取ることが出来ていた商店街振興組合等のしっかりと組織化されている商店街には、TMO経由でなければ受け取れないことも多くなり、自由な活動に対する制約を受ける足かせになってしまった。ただ商店街活動が停滞していた地区には、良い刺激になり活動の促進が図られたり、自己分析をできたり良い方向性も見られる。 南町地区にとっては負の比重を感じていたが、今回のイベントでは沢山の協力団体からの支援がすべてを打ち消してくれている。ただ担当者以外の一商店主にまでは浸透していない。TMOは一過性のイベントをするべきではなく、TMOでなけれが出来ないこと(行政を抱き込んだ地区全体のストックとして残っていく事業展開)を考えなければならないのだと、今も思っている。 |
| 人に優しい街を考える 南町1丁目商店街振興組合(理事長・藤田治之氏)は、水戸駅から銀杏坂を登り終えた信号からスクランブル信号までの街区だ。サントピアが若者ファッションのリーダー的存在で集客して来た。最近はこの小さな街区に美容室が集中的に張り付き、6軒がしのぎを削っている。これが相乗効果を生み、さらなる出店のうわさを聞く。 この地区の問題点は中央郵便局前に架かっている歩道橋だ。茨城銀行と芸文センター間は、この歩道橋を嫌う自転車と歩行者の危険な横断が絶えないと。とにかくハンデキャップのある人や高齢者にとって信号のある横断歩道に行くには、距離がありすぎる。地下横断歩道計画(旧建設省提案)も立ち消えの現実中で、県庁移転により、車の停滞も少なくなっおり、街の回遊性と安全、利便性を考えると平面の横断歩道の要望は認めるべきと思う。 そして20分程度のワンコイン駐車帯営業者の少ない、土・日曜だけでも段階的に認めて行ってほしい。 オープンカフェ風の雰囲気のある街 南町地区は国道に面した全国でも数少ない商店街だ。国道ゆえに安全面を配慮した規制も厳しく、ベンチを置いたり、花壇を作るにしても数多くの手順を踏んでも許可をもらえないことも多い。そんな中で、5月国土交通省は、駅周辺や商店街などに面する道路を有効利用するための住民参加の独自計画を認め歩道の一部をオープンカフェに開放したり、土、日曜は車道の一部を自転車道として認める等、その地区の特性を生かしたセ策を導入するという。これは画一的な全国一律の規制枠をはずす方針を示している。単に道を作っていく思考から「楽しく使う道路」も一定の地域ルールを作る前提で認める考えだ。 南町1丁目は、それを先取りする形で店頭にパラソルといすを置き、自由に休める環境づくりを土・日曜を中心に展開してきた。このアイデアは泉町2丁目や南町2丁目でも活用されるようになり、各町のイベントの日にはパラソルの下でくつろぐ人たちが目に付く。単純な1本道の商店街にとって、このパラソルといすだけでも、ちょっとしたオアシス感覚を持って街区に優しさを感じさせている。 三年目の桜のライトアップ 「旧県庁の桜を愛する会」のライトアップ実行委員会のとりまとめを、準備から設営までやり続けているのが潟Tカエヤの代表・野上栄太郎氏だ。すべてボランティアのこの事業は、三の丸自治会・各商店会等の方々が中心になり活動しており、市民カンパによる協賛金もありがたいという。今年は金・土・日の三日間のライトアップされる夜だけでも約5万人もの人たちが楽しんでくれている。甘酒のサービス、来場者と一緒に楽しむモチツキや、写真の展示もあった。着物ショーも同時に開催し、着付けのワンポイントアドバイスも受けられた。 さらに新聞社の協賛を得、クラシックのミニコンサートも開くことができ、夜桜見学の人たちの楽しみも増え大好評のライトアップだった。 時代まつりの盛り上げ方 武者行列の出発起点の南町1丁目は、出発時のにぎわいとは裏腹に、時がすぎると抜け殻のごとく静かになってしまうという。そこで各商店が自店の付加価値を楽しみながら見てもらうべく、和菓子の木村屋でも、ねり切の実演と無料配布、サカエヤではネールアートや肌のケアサービス、文具の藤田では一日体験カルチャー教室、ジェエリー小林は宝石の無料鑑定、八百徳では魚のレシピ、港屋では日本酒やワインの利き酒等の企画を実施している。 さらに楽しさの追い討ちをかけるのが商店主のふん装する「バカ殿」とジャンケンゲームだ。勝った人は何か景品がもらえる。桜のライトアップが引き金になり団結と工夫がこの地区にしっかりと根付き、裏通りと連携も考えてい |
| トップランナーの街 昭和30年、水戸市の戦災復興区画整理で道路の南側の店が大きくセットバックをし、現在に27b幅に広がったときから、南町2丁目商店街振興組合は、常に新しい時代を先取りしながら色々な事業活動をしてきた街区だ。 まず昭和31年に市内で最初のアーケードを建設した。昭和47年には泉町地区のデパートと、駅前の大型店(当時は全国で三本指と呼ばれるくらいの大型店激戦区だった)との狭間で歩行者が激変した中、街の核となるべき「ダイエー」を誘致した。 さらに、昭和48年にはこれまた県内初の「商店街振興組合」を発足させ高度化資金等の優遇制度の活用にも着手し、同年にはアルミとテント地を組み合わせた話題の新アーケードに架け替えた。同時にダイエーの裏側の通りに組合会館の建設もしている。 翌年には既存の駐車場を借地し、自走式立体駐車場も建設(現・南町パーキング)。この収益は数多くの商店街活性化の基金として運用されている。組合自身の収益事業は活発な活動の呼び水になるのは確かだ。 昭和60年代には電線地下埋設工事に伴い、街の景観について街づくり委員会では「調査・視察・学習会」を重ねていた。同時期「南町コミュニティーマート構想モデル事業」の指定を受けたことも刺激となり、アーケードを取りはずした街の方向で「蛇行型植栽帯や車道上への人工地盤計画案」等、組合活動は活発化して行った。そしてアーケードをはずした。 海外商店街との国際交流 昭和62年にはイタリアのボローにア市ボッテゲラ・デラ・ピアッツアー商店街とも友好提携をしている(南町2丁目を中心に、南町連合商店会が受け皿になっている)。数回の互いの使節団の派遣をし合い、記念のブロンズ像(抽象的なもの)が2丁目の植え込みの中に今も4基設置されている。交流を深めた事業では、ワイン等食材の輸入品フェア・料理人や菓子職人による実演・イタリア独特のフラッグショー等のイベントも開催した。5年前には南町連合として友好10周年を記念したイタリアの旅でお客様と一緒に訪ねたボローニアでは大歓迎を受けた。 他地区より南町2丁目を見ると華やかな「4番バッターの街」と呼ぶのが妥当なのかもしれない。それゆえに、多少抹殺される影の部分も出てくる。それを上手に包み込んだのが、これまた県内初の女性理事長、黒沢輝子さんだった。二期四年間、街のほころびかけた気持ちを1つに束ねた実績には敬服させられる。各自の自論を持つ個性的な組合員の多い中での取りまとめは、大変だったろうと、同時期に私も同様の立場にいたせいか、強く感じる。 自己表現の上手な街 常に注目され、県内トップを走り続けるスゴイ街と思っている。この街区は「4番バッターの街」との呼ばれ方に代表されるように、カリスマ性とでも言うのか、マスコミ受けをしやすい事業展開でも分かるように、自分たちの企画を上手に発表する「ディスプレーの上手な人」が多いことも確かな街だ。 かつて組合経営の駐車場収益等、潤沢な事業費の中で運営方式は「自己の企画を専門業者に委託する」ような風潮を傍目では感じていた。それが最近は、組合員自身が自分達の手作りの企画を立て、自らも参加する事業が増えている。以前の監督やコーチ的な立場での催事参加ではなくなっているのは目に見えて分かる。 それらをさらにはっきりさせているのが、そろいのエプロンや、半天を身に着けていることだ。自己意識の中でも、他人の目からも運営者としての参加意識を高め、頑張る気分の高揚にも良い結果を生み出している。 小山理事長も就任二期目を迎えさらなる前進を考えている様子があり、次回は現況や今後の方向性を探たいと思う。 |
| 顔づくり事業への参加 平成8年、南町二丁目は店頭の改装・改造費の補助事業を受ける形で、初年度は四店、次年度は十店、3年目にも十店の合計二十四店舗が、限度額を500万円として県・市・自己資金をそれぞれ三分の一ずつ負担し合う「顔づくり事業」に参加した。 売り上げが減少して始めた時期に、これだけの店が参加し得たことについて、当時のファザード改善の担当委員長だった小山氏の努力も見逃せないものがあったと、現在は専務理事の立場で小山理事長をサポートしている中村真一氏が裏話を語ってくれた。 単に補助金が出るから参加してくださいとの呼びかけではなく、一軒一軒の店を回って、改装する利点と街区全体の明るい街への方向性を説いて歩いた結果が参加店増の要因だったのだとの指摘だ。(アーケードを無くした事で管理負担費が消えたのも一因かもしれない)スター軍団の二丁目も以外と地味な活動もしている事実をこの時、初めて知った。 冬の街に活気を! 水戸芸術館の冬のライトアップ事業に協賛する形で南町三丁目は波型のアーケードをより波形に見えるように光が流れる方式にしているが、南町二丁目は樹木をイメージしたオブジェを街路灯に取り付け12月から3月まで華やかさの演出をしている。そして毎年少しずつ増やしていく豆球は、昨年から街路灯をつなげる形にまで発展した。ちょっと苦言を申し上げたいのは、イタリアの彫刻家の製作したブロンズのモニュメントにも豆球を取り付けていることだ。単にライトアップ程度にしてもらった方がありがたいのではないかと思う。 街並みの整備事業では他地区より大きめの植え込みブロックを作り、年に5回の花いっぱい運動を薄井副理事長を中心に展開している。年中花が絶えないように各店の協力で手入れをしている姿は、街の団結心の一部を見る思いだ。 今年のイベント企画 6月には「七夕ドリームフェスティバル」を開催している。大人気のビンゴゲーム、花のプレゼント、パントマイムやピエロたちの大道芸人が街区を移動する。各ポイントではバスケットのゴールゲームや射的も楽しめる。そして二丁目特製の健康茶のサービスもある(秋のイベントではハーブティーも加味されるらしい)。東京電力隣の広場ではフリーマケットや野菜の特売もしている。 9月22日は、南町連合のイタリアフェアーに協賛し、南町二丁目独自企画でよりにぎやかさを増してくれる。目玉はベニスの仮面作りかな? 当然人気のビンゴゲームもあるそうだ。催事で人を呼び、売る努力は個店の個性化と魅力的な品ぞろえだ。 12月には商店主たちがサンタクロースにふんした「さんたサンタフェスティバル」を予定している。そのほかにも「時代まつり」「黄門まつり」等もあり、2ヶ月に1度は、何らかのイベントを開催している。これらに中元・年末の南町連合の売り出しが含まれる販促・イベント事業は、担当の中村専務理事が元気に飛び回って仕切っているようだ。 次世代の方向性を探る この町の良さは鹿野島副理事長の担当する町内会的組織部分(女性会・子供会・青年部等)の取りまとめ方にもある。先輩の集い(65才以上)を毎年開き、バスで1日の旅をしたり、食事をし、新旧の役員たちの交流をかかさずつ続けている事も融和を増進させている。 そして、これだけの事業を連続で展開していくなかで、小林政之氏(前専務理事)を中心とした勉強会グループ「M2街なみ形成委員会」は、年に5,6回、東京より伊藤玲子氏(コンサルタント)を招いて「次の時代や他先進地区の情報」貧欲に吸収しようとしている姿勢と気力が残っているすごさがある。南町三丁目の「お母さんたちだけのイベント企画」に刺激を受け女性の方々も参加し始め、より活発なグループになってきたと、小林氏は「希望のない街じゃ、嫌だからね」とほほ笑んでくれた。裏通りの再開発で面的な広がりを企画しているらしい。 |