南町三丁目商店街振興組合
特集 竹脇 元治 氏
「旧市街地の中心街としての再生の道」 新いばらきタイムス 掲載より
2000年5月28日より月2回掲載されてます。
☆組合の本ページには1度掲載をしてましたが、一旦削除をしてました。
記録に残すため再びUPをいたします。
《プロフィール》
竹脇元治(たけわき・もとはる)1947年生まれ。水戸市出身。関東学院大学中退。劇団文化座演劇研究所卒。元演劇集団ルン共同主宰。
前茨城県商店街振興組合連合会副会長。前水戸市連合会副会長。前南町連合商店会会長。前南町三丁目商店街振興組合理事長。現在、(有)竹脇かばん店社長。南町三丁目商店街振興組合理事などを務める。
目次:1、(文化でメシが食えるか)
2、(混迷の中で、実績から見つける方向性)(街のおいしさ見つけよう)
3、(生きる証しはチャレンジ精神)(造られた街と造り上げる街)
4、(二つの夢を食べる男)(黄門まつりの中核に山車を備えよう)
5、(線から面への広がりの気配)(インターネットをどう利用するか)
6、(元気人が“活”を入れる街・青森)(街を舞台に子役達がかっ歩する)
7、(時代祭のさらなる発展を願って)(失って痛感する相棒の偉大さ)
8、(水戸芸術館との係わり方・その1、)( 〃 その2)
9、(根底を支える女性パワー)(空店舗対策事業に応募した4店)(市民が学び・発信する街づくり)(太鼓の響きが街を変える)
10、(アメリカの人にやさしい街)(目線を変えて街を見る)(アートが街を闊歩する)(住宅の都市回帰の気配の中で)
11、(中心街区に公営住宅を)(一市民の声で街を変える)(中心街区に「水戸の顔」を創る)
12、(得意分野の融合と連携)(遺産や史跡の生かし方)(根付いてほしい南町・エコステーション)
13、(水戸・南町の賑わいづくり事業)(自分の街をどうしたいかー南町一丁目の場合ー)(南町二丁目の場合・その一)(その二)
14、(音楽で街の楽しさを増す小樽)(南町賑わいづくり事業・その1ー各団体との整合性ー)(その2−本筋では無かったけれどー)
15、(女性の視点で街を見るー水戸女性フォーラムの提言ー)(自分の街をどうしたいのかー南町三丁目の場合ー)(魅力ある都市はコンパクト)
16、(利便性と同時に消える街)(中心街区の大きな空店舗)(小さくても光る街)(コンサルタントとの出会い)
17、(黄門さんおしゃべりパークの完成・その1)(その2)(先が見え出した泉町一丁目の再開発)
18、(泉町二丁目の不思議な元気) マナミンサラマンポの心(最終回)
はじめに
この20数年の間、商店街の役員として、県連・市連などの仕事も含め、現場での「街づくり」や・「イベント事業」に携わり、全国の商店街にも研修視察の一員として、或いはパネラーや講師として歩き回った日々が続いた。一昨年、体調を崩したため、大半の役職から外させてもらった。先頭ではなく、一歩退いた所から過去を振り返ってみたり、現実を直視して見ると、面白いもので今まで見えなかったものが見えたりもして来てる。この辺りを世代の商店街や、街づくりのため、何らかの手懸かりにでもなってもらえるように、極力「生」に近い声で伝えて見たい。
≪1≫「文化でメシが食えるか」への挑戦・平成12年5月28日
| 私が「街づくり」にかかわって衝撃を受けた人物が二人いる。一人は、私とこの二十年間ほとんど毎日のように顔を合わせ、商店街のことを中心に論議をし続けいた「滝口統雄氏」(残念ながら二年前に52歳の若さで他界してしまったが、南町三丁目商店街の専務理事として、三橋、中山、竹脇の三人の理事長を支えてきた知恵袋的な逸材だった人物だ)、もう一人は大阪・天神橋三丁目商店街の現在組合長をしている「土居年樹氏」だ。 *空き店舗をどう利用いたのか 15年前に、当時としては誰も考えてもいなかった空き店舗を商店街で借り受け「カルチャーセンター」としての運営を始めたことだった。 たった20坪の小さな空間ではあったが、どう見ても場末の商店街ときり目に写らないこの街区で、売れない上方落語の若手による「寄席」の開催など、お金を極力かけない小さな企画だが、話題性や楽しさを提供し続ける姿勢には「ホンマカイナ?」と思えるくらいのパワーに圧倒された。 土居氏には、その後2回研修視察で訪ねた際に色々な話を聞いている。天神三丁目のカルチャーセンター運営は、ほとんど自分とちの自主企画で、しかも業者に委託する楽な方式も取らず、知恵と行動力で、クラッシックコンサート、お化け屋敷、紙相撲、紙芝居、イラストの展示会・・・続けることは最大の「チカラ」になり、全国区の商店街になってた。 当然、イベントを続けることは大変なことであり、息切れもしたという。 しかし、いつの間にかお客様も活気を感じて「天神3丁目に行けば、何かやってるかも」との思いが来客者を増やしてきた。そして街区自身の連帯感も強くなっていく姿も感じられた。 その「カルチャーセンター」も昨年の夏、15年の歴史に幕を下ろしたと聞く。しかし、この街は、こんなことでは終わっていなかった。今年から取り組んでいるのが「修学旅行で大阪商人体験」という企画だ。 まず修学旅行の中学生が学ぶのは、「大阪方言」・・・「もうかりまっか・毎度おおきに」・・・次は実際の商売をしてみる・・・本当に次々と色々なことを考え出していくもんだなあと、あきれる程のアイデアには、ただ驚くばかりだ。土居氏の本業は陶器店だったので、以前サミットがあった時に各国の大統領人形を作って売り出したが、まったく売れずに「ブチコワシゲーム」の材料になってしまい、大損をしたとの話も聞いている。 私が手がけた南町三丁目商店街のギャラリースペースと、自由に使える集会施設、数人でも使用可能な和室と、バーカウンターのような対話スペース、そして町内の祭り用道具類の収納庫など、30坪を有効利用した「ハーモニーホール」は、当初の組合自主企画のみでの出発から一般利用者の増加もあり、会館の運営維持の経費が出るようになり一安心している。1,2階の展示スペース空間は、壁の棚板を自由に変化させたり、ガラスの小箱を連続して置く展示方式が面白みを増大させたり、狭い空間にもかかわらず2階への階段を最大限に大きく取り付け、さらにその部分を吹き抜けにしたことで、いくらかでも狭さを感じないよういろいろな工夫をしたため、構造物としては、かなりグレードの高いものになった。それは、一度利用された方が、表通りからは目に付かない路地の奥に位置する建物にもかかわらず、使用後の満足度が高く、再利用の方が増えてきたことは予想以上の成果だったと思っている。 南町三丁目は、水戸芸術館への入り口に位置する商店街として、芸術館がグレードの高い催事をするのであれば、私たちの街では、誰でも参加できる空間を提供していこうとの気持ちで、街の中に16基のギャラリーボックス(90cm角の小さな展示箱)を点在させている。そして、その中核となるべき施設として造ったのが「ハーモニーホール」なのです。 *世界的に評価の高い水戸芸術館との連動 芸術館も以前から比較すれば柔軟な対応を望めるようになってきている。完成当初に、商店街として初めての企画を芸術館に依頼したことを思い起こすと、パイプオルガンの演奏会を当街区の主催でしたいとの申し入れに対して、「商店街の名前は一切出さないこと。単にチケットを商店街が買い取る形にし、さらに要望していた曲の説明は一切できない」との返答など、かなりの制約があった。今では、水戸市連合商店会や泉町連合商店会主催のクラッシックを楽しむための室内楽コンサートの開催や、アマチュア演劇祭など、開かれた水戸芸術館に変わってきている。 芸術館とのタイアップ事業として記憶に残るのは4年前に、南町三丁目の波型アーケードを使っての仏のアーティスト「ダニエル・ビュレンヌ氏」のフラッグプロジェクト「虹」がある。 縦20p横150cmの赤から紫に至る13色の虹色のフラッグが81枚吊り下げられた2ヶ月に渡る野外展の企画は、「文化発信の街」を目指している当街区にとっては大歓迎の事業の一つだった。 。 |
*ハーモニーホールはインデックスから「ハーモニーホール」をクリックください
*本文は、新聞より自前(組合ボランティア)にて入力したので誤字、誤植が有りましたらお詫びいたします・